2009年05月27日

新型インフルエンザ発生時の「正しい」行動一覧

一般人

TypeA

「実際にインフルエンザ予防に効果があるか」は別として、近隣地域に発病者が発生した場合はマスクを購入し、着用する。マスクを着用することによって「自分はインフルエンザ予防に関心があり、万が一発病した場合にも他人にうつす気がない」ことを周りにアピールする。

TypeB

「実際にインフルエンザ予防に効果があるか」は別として、観測範囲にマスク着用者が多いかどうかで着用の有無を判断する。危険度の判断は周囲に任せ、なるべく空気を読んで「不自然ではないこと」を前提に行動する。

行動原理は「なるべく長いものに巻かれろ」であり、みんながやっているかどうかが絶対的な判断基準になる。従って「みんながマスクをしているので、自分もマスクをする」から変化するのも早く、日本人より大きな母集団を見つけて「(他の国の人はマスクをしていないのに)日本人だけマスクをしている。お前らはおかしい。ヒステリックだ」に鞍替えするのも珍しくはない。

TypeC

「自分は絶対にインフルエンザにはかからない」という前提に基づいて行動する。マスクの購入・着用者を「情弱www」と罵り、馬鹿にする。自分は絶対に発病せずウィルスをばらまくこともないため、当然マスクを購入したりする必要はない。

発病する奴は自己責任であり、発病させるような行動を容認したり促したりした所属組織*1は大問題なので「なぜ○○へ行かせたのか(させたのか)」「社会的な不安を与えた責任を取れ」と謝罪を迫る。当然謝罪しても許さない。

企業・団体

一般企業A

「実際にインフルエンザ予防に効果があるか」は別として、リスクマネジメントとして社員にマスクの着用や体温の測定を義務づける。インフルエンザ対策をおこなうことによって「会社ならびに役員はインフルエンザ予防に関心があり、対策もおこなっているため危機管理能力は十分である」ことを周りにアピールする。万が一社員に発病者が発生した場合にも、「万全の対策をおこなっていたが、それでも防ぎきれなかった」とマスコミ・社会・周囲に納得させる手段として利用する。

一般企業B

会社としては何もしないが、いちおう社員には「新型インフルエンザには気をつけておけよ」と忠告する。社員は空気を読んでマスクを着用したり、しなかったりする。発病者が発生した場合の対処マニュアルは特に存在しないため、発生しないことを祈りつつ普段の業務をこなす。

一般企業C

新型インフルエンザはまったく関係がない話だ、という前提に基づいて業務をおこなう。社員は空気を読んでマスクの着用はしない。発病者は発生しないため、そもそも対処マニュアルは必要がない。

学校・大学

「生徒と地域の安全・安心」を第一に考え、発病者が発生した地域では休校等の対処をおこなう。暇をもてあました生徒は特にインフルエンザ対策をすることなく、外でたむろして遊ぶ。

万が一学校内で発病者が発生した場合、責任者は祟りか天狗の仕業だと自分に言い聞かせ、平身低頭で「社会にご迷惑をおかけしたこと」を謝罪する。

マスコミ

国内外の確認できた発病者数を事細かに報道する。国内での発病者は名前こそ公表しないものの、なるべく細かく・正確に所属組織や発病前の行動をブロードキャストする。視聴者に「わかりやすい」情報を届けるため、なるべく「歯切れのよい」専門家を呼ぶ。

発病者が発生した場合、その組織がおこなう記者会見に参加し「発病者の詳細な行動」や「組織・個人としてのインフルエンザ対策の有無」、「『社会的な影響』を考えた上での今後の対応」を詳細に取材する。(少なくとも画面に映る)レポーターは様々なリスクを考慮し、当然マスクの着用をおこなう。

大手通販企業

マスクが飛ぶように売れるので、「社会貢献」として活用する。「商売はタイミングが命!!」「仕入れれば売れます!レディースファッションの店でもガンガン売れてます!!」と加盟店に社会貢献に参加するよう促す。

これによりマスクの供給の偏りが是正され、開業医で作る団体からはマスクがなくなり「適正な価格」で「適正なところ」にマスクが供給される。また、ごく一部の店舗の不況対策にも役立つ。

国・厚生労働省

「献体を検査しなければ新型は発生しない」という原則に基づいて行動し、ごく一部の例外を除いては「関西圏での封じ込めに成功」する。残りは「比較的安全な季節性のインフルエンザ」なので、大量に患者が発生した場合でも医療崩壊が防ぐことができ、先進国のメンツも潰れない。医者・医療機関は空気と検査キットの在庫を読み、患者を「適切」に診断する。

*1:学校や企業

タグ:社会 時事
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2009年05月19日

「はてブに反論するのはコストが高い」問題

「はてブに反論できない!卑怯!!」→「反論できますが何か?」→「出来るかどうかは問題ではない。コストの問題だ」→「『コストが高い』の根拠が不明なんですが?」という一連の流れの話。

この話はいくつかのテーマが込み入っているので、複雑にならないようにそれぞれに分解して話を進めたい。

技術的・物理的に反論できるか否か

このBlogで最初にエントリにした「はてブには反論できない!卑怯だ!!」問題 - インターネットくださいはこの部分に限った話をしている。要するに「実際に反論することが可能か」という部分。自分の結論としては「出来る」であって、根拠は「(プライベートモードでなければ)公開されている」「自由にアクセス、閲覧、引用などが可能」という点で、あとは「(はてな)IDが明記されている」も挙げられる。

この部分におこなわれた明確な反論はなかったので、これは「反論できる」という結論にして構わないだろう。もちろん「やり方がわからない」という人はいるだろうが、「わからない」と「出来ない」は違うのでそれは「Blogで引用したり、リンクを張ったり、IDコールすればいい」ということを教えてもらったり勉強すればいいという話になる。

反論の「コスト」とは何を指しているのか問題

「技術的に反論できる」という点は明確になったので、「反論方法がわからない」という人以外は単純に「反論したいか/したくないか」という話に行き着く。要するに本題の「はてブに反論するのは普通のBlogよりコストが高い」ので「反論したくない/する気にならない」という問題。*1この「コスト」も論点を明確にするために二つに分解して考える。

物理的なコスト

「物理的なコスト」とは具体的に「お金」「時間」「手間」などの「実態を持ったコスト」を指す。要するによく「コスト削減」と叫ばれる「コスト」と考えるとわかりやすい。

話や議論の流れを見た限り、この「物理的なコスト」として例に挙がっていたのは「はてなIDを取得するコスト(時間と手間)」ぐらいしか見あたらなかった。もちろんアカウントを持っていない場合に(メタブやIDコールをするために)アカウントを取得するのはコストになる。ただ反論としては「(すでにブクマがされているBlogエントリ等があるのだから)追記して反論すればそのコストはなくなるし、反論の手段ははてブ経由じゃなくても普通に可能」というものが真っ先に上がっていたし、「あるサービスを利用するにはIDを取得するのが一般的」という点から、はてなアカウントだけ特別のように扱うのはあまり適切には思えなかった。*2はてブを使えばBlogより手軽に、あるいは同じ土俵で便利に反論できるというだけで「はてブでなければ反論できない」という話ではないのが理由。

他には「反論自体がコストだろ」とか「(はてブにコメント欄がない関係で)コメント欄に比べて簡単に反論できずコストが高い」という意見はあったが、前者は「何で反論したってコストはあるだろ」という話になるだろうし、後者は「コメント欄が閉じられているBlog(もしくは元々ないWebサービス)などとの明確な違い」が挙げられている例は見あたらなかった。はてブに比べてBlog追記等は面倒なので「コストが高い」という話はあったものの、ここでテーマになっているのは「反論できないとは考えられていないBlog(など)と比べて『コストが高い』かどうかの問題」なので、「はてブ(相手)側の手間」を引き合いに出しても何の意味もない。*3

結論としては「はてブで反論・反応したい」と考えたときに「はてなアカウントを持ってない」ので「はてなアカウントを新規取得する」という場合のみに「(Blogに反論するのと比べ)アカウント取得のコストがかかる」ということになる。ただ繰り返すが、「Blog(など)の追記という形を使う」「すでにはてなユーザである」「サービスの恩恵を得るためにアカウントを取得するのは当然(なので特別なコストと勘定しない)」という場合は「コストが高い」という状態は発生しない。

心理的なコスト

「心理的なコスト」とは要するに「やらない/やりたくない理由になるもの」を指す。今回の件に当てはめて言い換えると「私は○○という理由ではてブに反論したいと思いませんよ」あるいは「私は○○という理由ではてブに反論するのが面倒だと考えていますよ」の○○の部分になる。当然だがこれは「自分がこう感じている・考えている」という話であり、物理的コストのような「実態」は存在しない。あくまで「心理的な問題」ということ。

はてなブックマークコメントにはPermalinkもidコールもあるのに、なぜ「反論するコストが高い・面倒」と思えるのがとても不思議なので、その根拠を教えてほしい - import otsune from Hatenaのブックマークコメントやコメント欄で多く述べられている「理由=コスト」はほとんどがこの「心理的なコスト」の話になっている。少し言い回しを変えれば「自分が(技術的には可能だが)積極的に『はてブに反論しない』と決めるに至った要因」とすれば意味合いがわかりやすいかもしれない。

全部は書けないが、具体的に挙がっていた理由・例をいくつか並べていくと以下のとおり。

  • はてブ(SBM)はBlogではないと認識しているから
  • (はてブに比べて)Blogで反論しても読む人が少ないから
  • はてブにはコメント欄やトラックバック欄がないから(0クリックで反論が読めないから)
  • はてブにはたくさんのコメントが書かれる(ことが多い)から
  • はてブに比べてBlogの方が手間がかかるから
  • 必死に思われてかっこ悪いから
  • 「コメント一覧ページ」から心理的な圧迫感を感じるから(UI・デザインの問題から)
  • はてブに反論している人を(自分は)見かけないから
  • 俺の美学に反するから
  • 俺のジャスティスに反するから
  • とにかく面倒だから

全体的な傾向としては何らかの理由で「(Blogとはてブは)公平に感じない」という辺りに落ち着くように見える。ただ繰り返すが、これは「自分がこう考える理由」か「みんながそう感じているであろうと推測した理由」であって、「そう感じない人間」には当然コストにならない。上で挙げた例を取れば「反論するのが必死だと思われるのでかっこ悪い」と感じる人にはこの理由はコストになるが、そういう認識を持たない人はコストにならないので「何でそれが反論しない理由になるの?」という結論にしかならない。

要するにこれらの理由は(時間や金などの)物理的な代償が存在する「物理的なコスト」と違い、一般化することはできないあくまで「個人的な理由」に留まる特徴があるといえる。*4

「心理的なコストを『コスト』と呼ぶのは正しいのか」問題

「はてブに反論するコストが高い」というのは、要するに「反論する心理的なコストが高い」という話だと考えればいいだろう。

ただ「心理的なコスト」というのは前述の通りに「俺はある理由でそれをやりたいとは思わないよ」ということなのだから、単に「俺は○○が嫌いだよ」という意見とほとんど変わりはない。これは同じ「○○が嫌い」という人同士ならコストの一致をみるが、「○○が嫌いでない人」「○○が好きな人」では当然コスト感覚が合わない。

例としてこれを食べ物の話に当てはめると以下のような話になる。

「カレーと牛丼は同じ500円だが、俺はカレーが嫌いなのでカレーを注文するのはコストが高い」

この場合、「500円」というのが「物理的なコスト」で「嫌い」というのが「心理的なコスト」になる。

さて、このときの「コスト」という単語の使い方にはしっくり来るだろうか?個人的にはしっくり来ない。本来コストというのは500円の部分にのみかかるべきであって、「個人の好き嫌い(注文したい/したくない)」を「コスト」と定義するのは無理じゃないのか?という印象を持っている。

もちろん「俺は嫌いだから注文しない」は尊重されるべきだし間違ってはいないが、それを元に嫌いじゃない人に向かって「コストが高いと思うだろ?だからお前も注文しないだろ?」と力説(説得)されても困るだろう。ここでカレーの不味さを延々と説いても意見の一致をみるわけがないのだから、ロジックとしては好き嫌いの入る余地のない「値段」つまり「物理的なコスト」で話さないと意味がないということが理解できるのではないだろうか。

カレーで例える今回の件

今回の「はてブの反論コストが高い」問題は以下のような問答が延々と続いているようなものだと考えればいい。

  • A「私はジャガイモが嫌いなのでカレーが嫌いです」
  • B「なるほど、それはわかりました。で、具体的に牛丼と値段がいくら違うんですか?」
  • A「生煮えの人参も嫌いなんですよ。だからカレーが嫌いです。みんなが嫌いな理由もこれだと思います」
  • B「カレーが嫌いなのはわかりましたし、それも否定しません。値段がいくら違うかと聞いてるんです」
  • A「一晩おいたカレーなんて最悪ですね。ドロドロじゃないですか。あなたは変わり者だから好きかもしれませんが」
  • B「いや、だからですね……(略」
  • A「カレーが嫌われるのはやっぱり見た目の(略」
  • (略

これじゃ絶対に話がかみ合わないよね!

*1:ひいてはそれが「卑怯だ」とかその辺りの感情に行き着くのかもしれないが、このエントリでは話が複雑になるので触れない。

*2:例えばこれは「Twitterを使うにはアカウントの取得が必要」とか「livedoor blogを始めるにはlivedoorのアカウントの取得が必要」という話をしているのと同じで、反論に限らず使用していないサービスで何かをしたいなら新規アカウントの取得は当然。

*3:というよりこの段落の話としては何の関係もない。

*4:もちろんコストを感じる人数が多かったり少なかったりという違いはあるが。

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2009年05月14日

「はてなブックマークさん」という人間は存在しない

「はてブには反論できない!卑怯だ!!」問題 - インターネットください

上の記事関連で気になったことをいくつか。

一言で言うと、単純にめんどくさい。議論の軸を再構築するのがすげーめんどくさい。しかもブコメした側の土俵に発信側が歩み寄って行う必要があることが多いので、反論すればするほど必死だなお前という絵になりやすいし、gdgdになると誰もいい思いをしない。

はてブコメントの良し悪しについて - Life is Really Short, Have Your Life!!

「俺が反論するのがめんどくさい」「必死だと思われるとかっこ悪い(のでやらない)」を「反論できない」に変換する人がいたらそれは「変えすぎ・略しすぎじゃないの?」という感想しか持てませんが、まあ「俺は言葉の意味を自由に定義して語るぜ!」という人はWebで比較的よく見かけるので、別に珍しくないのかもしれません。ただ「それは正確じゃないよね?」「いや、反論できるよ?」というツッコミをされても文句はいえないレベルじゃないのかなぁとは思いました。*1

ただこれは自分でも

まあ「反論できない」が「Blogなどで引用するのは面倒(あるいは心理的に嫌)だし、はてブ上でIDコールやメタブクマを使うのも嫌だし、相手には評価やコメントが絶対に届くべきだし、届いたら反応すべきだし、その反応は『私が悪かったです。これからは心を入れ替えます!』というものが返ってくるべきだよね」という実装がされた反論サービスがないという意味なら確かにそうなので

「はてブには反論できない!卑怯だ!!」問題 - インターネットください

と前のエントリで書いているのですでにいちおう考慮済みですが。

発信者とブコメは「1:N」の関係になります。発信側は一本の矢しか打てませんがブコメ側はいくつになるかわかりませんし、まともに付き合ったら潰れちゃいます。

はてブコメントの良し悪しについて - Life is Really Short, Have Your Life!!

これは別にはてブに限った話じゃなく、IDやハンドルを持った人がWebで発言する場合は必ずこういう構図になるのでは。IDを取得して不特定多数に発信した時点で1:nの状態は避けられないと考えているのですが、コメント欄に複数人から書き込まれる、トラックバックが複数飛んでくる、そもそも不特定多数が閲覧するという状態は1:nではないのでしょうか?コメント欄などはむしろ「炎上」という「多数から管理できないほどコメントが書き込まれる」という状態になるのは非常に有名だと思うので、なぜはてブに限定するのかが非常に不思議に感じました。

「いや、通常は100も200もコメントが来ることはないじゃないか」という意味なら、「はてブに100や200のコメントが書かれていてもそれにすべて反応・反論する必要はないでしょ?」と思いました。反論する(したい)のは100userや200userの「はてなブックマークさん」という存在(人間)じゃなく、「はてなブックマークというツールを使ってコメントを書いたID○○さんのコメント」ではないですか?だったら実際にBlog等で引用・反論するのは最低の場合1人ですむのでは。(もちろん上限はコメント数と同じですし、全レスする自由もありますが。)

また、単純な量の問題なら「利用者数やコメントが少ない他のSBM*2」や「コメントとトラックバック欄が閉じられたメモとして使われているBlog」で揚げ足取りや茶化す行為がおこなわれるなら別に反論コストは上がらない、ということでしょうか?ツールの問題なのか書かれている中身の問題なのかよくわかりませんでした。*3

ただ反論はともかく「はてブ上では議論がしにくい」というのは文字数制限や機能の問題からそうだと思うので、文字数制限が緩くコメントがツリー型で表示されるBuzzurlの利用者が増えて普及すれば「(日本で)機能によってSBMの使われ方・印象がどう変わるのか」がわかって面白いだろうなぁと思っているのですが、利用者数・コメント数ともはてブにまったく追いつかないのが残念ですね。コメントに直接レスできれば「コストが高い」とか「卑怯だ」とか思われないのか、とか。

*1:別に引用元の人が「そういう意味で使ってる」という意味ではないよ。念のため。

*2:livedoorクリップやniftyクリップなど

*3:ここはコメント欄でのやりとりを見ての感想ですが。

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