2008年07月10日

「ハゲのおっさん問題」は本当にパラダイムシフトなのか?

ニコ動関係のイベントで「ハゲw」→「違和感」→「いいえ、パラダイムシフトです」→「いじめだー!!」→「そうだね、ファッショだね」という感じで盛り上がった例のお話。個人的にはいじめ云々の話には興味がないので、例のイベントがパラダイムシフトだったかどうかを考えてみたい。

パラダイムシフトって何よ?

パラダイムシフトを考える前に、まず定義がはっきりしないと話にならない。というわけでパラダイムシフトが何かを定義しておく。

パラダイムシフト(paradigm shift)とは、その時代や分野において当然のことと考えられていた認識(パラダイム)が革命的かつ非連続的に変化(シフト)することを言う。

科学史家トーマス・クーンが科学革命で提唱したパラダイム概念の説明で用いられたものが拡大解釈されて一般化したものである。

パラダイムシフトは、狭義では科学革命と同義である。

パラダイムシフト - Wikipedia

パラダイム(paradigm)とは、ある時代や分野において支配的規範となる「物の見方や捉え方」のことです。狭義には科学分野の言葉で、天動説や地動説に見られるような「ある時代を牽引するような、規範的考え方」をさします。このような規範的考え方は、時代の変遷につれて革命的・非連続的な変化を起こす事があり(=天動説から地動説への変化など)、この変化をパラダイムシフトと呼びます。

[三省堂辞書サイト]10分でわかる「パラダイム」

要するに今現在の規範や認識、言ってみれば「常識」がひっくり返るのが「パラダイムシフト」と考えればよさそうな感じだ。そうなると、今回のイベントが「今までから見て非常識か」と「今後その非常識が広まって常識になっていくのか」を考えればいい。両方が成立した場合、あのイベントは「パラダイムシフト」たり得るということだ。

そもそも論としてのニコニコ動画

ニコ動のシステムを簡単にいってしまえば、以下の二つの要素で構成されている。

  1. 動画にコメントがつけられる
  2. そのコメントが動画のコンテンツとして一体化する

1.だけだとYoutubeと何も変わらず、画面表示が大きめで見るのがちょっと面倒*1なYoutubeというだけになる。システム・技術的には2.がニコ動をニコ動にしている理由そのものだろう。ただコメント自体はいつでもOFFにできるから、普通にYoutubeの代わりに使っている人も多いのかもしれないが。

実況板+動画=ニコ動

ニコ動を「ニコ動」以外の言葉で表すならば、「2chのTV実況板とYoutubeが合体したもの」というのが個人的に一番近い。というか、実況板とニコ動は動画内に文字が表示されるかされないかのシステム的な違いだけで、両者はほぼ同じものである。流れたコンテンツに対して「感じたそのままの感想を即座に書き込む」という点で、使われるスラングを含めてほぼ同じ文化になるだろう。

ただこれ自体は良い悪いの話ではなく、そういうTV番組や動画にリアルタイムでコメントしたいという需要があって、それが提供されているというだけの話。感情や感想を共有したいというのは別に珍しい話ではなく、ある程度の人数で同じ番組を見ている状態をネットに持ち込んだだけといえる。そして実際にニコ動は成功したのだから、この「動画感情共有システム」はサービスとして正しかったということだろう。

コメントの質はなぜ悪いのか

今回の件では「ピザw」だの「ハゲw」などのまあ罵倒といっても差し支えない言葉が問題になっているが、これはある意味当たり前である。実況板やニコ動はあくまでコンテンツに対する「脊髄反射的な感想」を書くところであって、それ以上でもそれ以下でもない。深い考察などは元々必要とされておらず、そんなのは単なる「空気を読まない」発言に過ぎないからだ。「感情共有の場」に理論など元々必要とされていない。

従って今回のニコ動における「ピザw」や「ハゲw」は、サッカー中継で「さっさと選手交代しろよ糞監督。腹切れ。」とか、お笑い番組を見て「何も笑えない。さっさとこのコンビ消えろ。」などとTVに向かって言っているのと同じ構図である。少なくともコメントを寄せている人間から見れば。

コンテンツの消費というのは基本的にそういうものであり、面白いか・面白くないかというだけの話だ。見た人間が何をいおうとコンテンツの質は変わらないし、どんな感想を抱くのも自由である。人の心を制御することなど出来はしない。

唯一違うのは、TVの前で騒ぐだけなら周りの人間に聞こえるだけだが、2chの実況板ならその感想がWebにアップロードされ、その板の利用者と一定の感想・感情の共有が出来る。ニコ動ならさらにそれがコンテンツと一体化され、(コメントをOFFにしない限り)同じように動画を見た人間と共有できるところだろう。

おっさんの「パラダイムシフト感」は、おそらく正しい

そろそろ本題に入ろう。

実況板の存在は、TVの前の視聴者のつぶやきをWebの掲示板で共有化させることに成功した。視聴者は新しい「場」を得たことになる。さらに一歩踏み込んで、ニコ動はそのつぶやきを動画と一体化させた。これによって「TVの前のつぶやき」と「コンテンツ(動画)」はほぼボーダレスになった。動画の感想は、即座に動画自体に融合されるようになったのである。

しかし、それまでは今回のような「騒動」は起こらなかった。なぜかといえば、そのコンテンツはつぶやきと一緒に再生されてなお「独立」していたからである。TVの前でつぶやこうが、実況板に書き込もうが、動画にコメントを合体させようが、それによってコンテンツ自体が変化することはあり得ない。外野のコメントはあくまで外野のコメントであり、実況板のコメントなどを後から関係者が見たとしても、すでに放送は終わっている。ニコ動のコメントだってOFFにしてしまえば、実質的に動画に変化はない。

ただ今回のイベントは違った。生放送に寄せられるコメントは会場にフィードバックされ、「ハゲw」の言葉は「今現在コンテンツを作って、放送している会場」に寄せられることになった。現在の仕組みに割り当ててみれば、「サッカー監督と同じベンチで目の前の監督を罵倒する」「TV局の編集室に視聴者が乗り込んで編集作業に口を出す」みたいなものである。しかも実際に視聴者がそこにいるわけではなく、「TVの前にいるのと同じ、完全に無責任な空気」で発言してくるのだ。

これを斬新と言わず、何を斬新というのか。まさに「非常識極まりない」という点では、「パラダイムシフト」に他ならないと思う。今まで存在しないはずだった「外野の空気」が、「内部のコンテンツの空気」を一気に変えてしまった。非常に興味深いと考えざるを得ない。

生放送や舞台と何が違うのか

コンサートや客入りの生放送、サッカースタジアムなんかは「観客(外野)」がいるじゃないかと思う人もいるかもしれない。しかし、これは大きな違いが二つある。

一つは通常そういう場所で客の目にさらされるのは、「プロ」であるということ。サッカー選手・監督、アーティスト、お笑い芸人などは「他人の前で放送される」のが一つの仕事である。外野に罵倒されたり、ヤジられたりするのは織り込み済みだし、心構えだってあるはずだ。

だが、今回の「おっさん」はあくまで一般人である。同じように「ピザw」とか「美人」とかいわれた人も一般人だろう。この辺りが、多くの人が違和感を感じた理由の一つのはず。

もう一つは、コンサートやサッカースタジアムでもその場の空気やしがらみから逃れられないということだ。コンサートでステージに上がろうとすれば、間違いなく摘み出される。それにスタジアムで「監督死ね」と言い続けても声が届くかはわからないし、周りから奇異の目で見られるだろう。場合によっては揉め事になるかもしれない。

しかし、今回の「ハゲw」は完全に自由な場所から寄せられた声である。会場の空気はモニタの前には存在しない。しかも、何を書いても無責任でいられる*2。コンサート会場やスタジアムなどとはまったく違う。

今回の件は「半分だけパラダイムシフト」

見出しのとおり、今回の件は「半分だけパラダイムシフト」だと私は思う。最初の部分で、私はパラダイムシフトを以下のように定義した。

  • 今までから見て非常識か
  • 今後その非常識が広まって常識になっていくのか

前者は明らかに達成したといえる。普段は完全に外野の視聴者が、コンテンツの空気を乗っ取ってしまった。まさに「非常識」といったところだろう。

では後者はというと、それはないだろう。今のTVが「ニコニコシステム」を採用すれば別だが、そんなことはまずあり得ない。デブタレントが出ただけで「ピザw」やら「メタボw」で画面が埋まってしまうTVを誰が見たがるだろうか。システムとしては面白い部分もあるのかもしれないが、採用することによってマスメディアが得られるメリットはおそらくない。

今回の騒動は「ニコニコ動画」+「生放送」+「コメントが会場に表示される」という非常に限定した条件があったからこそ、起こったものだと考えて間違いはないだろう。このシステムはあのイベント中は「パラダイムシフト」を起こしたかもしれないが、一般的に支持されるかは極めて怪しい。これはあくまで「ニコニコ大会議が起こした一時的な異常状態」で、私はこれが一般常識化していくとはとても思えない。

*1:会員登録やらプレイヤーの呼び出しやらなんやら。

*2:ただしこれは元からそういう場所なので、「普段どおり」に行動したことに特に不思議はない。

posted by RPM at 20:07 | TrackBack(0) | BackLink | Internet・Webサービス | 更新情報をチェックする

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