2008年12月10日

ニコニコ動画への寄付の依頼が来た

Webサイトの中で、ニコ動ユーザ向けの、プレミアム移行への依頼が出た。小説家の野尻抱介が主催する、寄付のお願い。

この「お願い」は良くできていて、プロパガンダの技術がきちんと援用された、読んだ人の「行動」を促す内容になっていた。

人間の成熟度の利用

「お願い」のエントリには、著者からの「強いメッセージ」が最初に書かれている。

一行目から太字で、「無料で見るのは十代まで。大人はとっととプレミアム会員になろう。」なんて書き出しで始まっている。

最初からサービスがどうのこうのは関係なく、「とにかく金を払え、話はそれからだ」という全然嫌儲臭の無いような文章。「大人なら金を払え」という根拠不明な主張がされただけのものだけれど、「最初から太字」で、「大人なら月525円ぐらい払えよJK」という前提なのが、よく考えられている。

それがどんな根拠不明なものであっても、「○○できないお前はガキ・かっこ悪い・要は、勇気がないんでしょ?」と書かれれば、人は反応をしようとする。

募金だとか、その人に何かの行動を促すときには、「人間性メソッド」というのは、その第一歩になる。

事象の抽象化

プレミアム会員になれば「こんなメリットがある」だとか、寄付の文面には、そんな個人的なお話しが出てこない。

「スポンサー企業ではなくユーザーの意見が反映されるようになる」「動画作者への還元も期待できる」「ユーザー提案のプロジェクトに出資させることだってできる」なんて、実際にどうなるかはわからないのに、「月525円でこんな素晴らしい未来が!」という希望的観測のみがとにかく書かれている。

だいたい20秒以内ぐらいに読める程度の文章を読んで、なんだかバラ色のニコ動の未来が約束されている気分になる。

「問題の全体化」が為されると、行動の閾値は下がる。

このあたりを、「アップロードできる動画のビットレート制限が800kbpsに上がる」なんて実際に受けられるメリットのみを上から目線で説明されても、それは「うp主の問題」に過ぎない。納得したところで、たぶん行動する気はおきない。

私に出来ること

わずかな寄付を行ったところで、数億円単位でいるであろう、困った資金繰りの状況を変えることなんてできない。寄付が嫌な人は、「現状で何も困ってない」とか、「これはもうニコ動が拝金主義者に乗っ取られた証拠だ」とか、「最近のニコ動つまんねーから払う価値なし」とか、いくらでも言い訳できて、寄付は集まらない。

ブラウザに描画された「お願い」には、「いま20万人いるプレミアム会員が100万人になれば、毎月3億円の黒字になる。」なんて、取らぬ狸の皮算用が大層に書いてあった。525円さえ寄付すれば、「わずかな出資ですべてうまくいく」、「その金はプレミアム会員が握っているも同然」とまるで政治家のような主張をされていて、それによって「運営に注文をつけて、世界を面白くしよう」と頼もしく締めくくられている。自分のお金がどのぐらいの働きをしてくれるのか、よく見えた。

「自分がわずかに525円寄付したところで、ニコ動の現状を変えることはできない」なんて、話を大きくして寄付を回避する人達は、こういう文章を読んでしまうと、「要するに自分は525円も払えないニートなのだ」という事実を認めざるを得ない。それが嫌なら、文章に納得して、寄付をするしかない。

「525円ぐらいの寄付では何も変わらない」なんて言って断る人に、「525円でも役に立つんです」なんて返されると、それでも断り続けられる人は少ないし、そういう人はたいてい、少なくとも一カ月以上の寄付をする。

ITmediaが記事にしていた

問題なのが最後。

ねとらぼ:「大人はニコ動プレミアム会員になろう」――SF作家野尻抱介さんが“個人アピール”」なんて、やっぱりこういうことは仕事が速い、ITmediaからの、応援とも思える記事がアップされていた。現状を訴えて、寄付の必要性を訴えて、「あなたの助けをいただきたいのです」なんて、記事を読んだ人を行動させる、最後の一押しをになうメッセージ。

で、この記事が「ねとらぼ」になっていて、アニメ絵の画像が左上に表示されてた。さすがに「そんなわけねぇだろ」なんて突っ込みが入って、目が覚めた。これは大失敗だと思う。

CNET Japanなら「背中を押される」けれど、ねとらぼだと、なんか「目が覚める」。

何が違うのかよく分らないけれど、彼女の笑顔で寄付止めた人は、多い気がする。

posted by RPM at 00:45 | TrackBack(0) | BackLink | Internet・Webサービス | 更新情報をチェックする

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