2009年02月25日

「昔のゲームは面白さ=価値だった、今のゲームは見た目だけ」論

今でもたまに見かける「昔のゲームは良かったよね、ゲームとしての面白さで勝負してた」とか「またムービーゲーかよwww」とか「綺麗なグラフィックはユーザから想像力(妄想力)を失わせた!原点に戻るべき!!」関係の話。

確かに昔のゲームは見た目がヘボかった。ほとんどはドット絵で、アニメパターンも少なく、色数も少なかったので、今から見れば冗談みたいに簡素なグラフィックだったのは間違いない。*1もちろんそれでもゲームは成り立っていたので、「ゲームにおける見た目は二の次」「グラフィックは綺麗だが中身が糞なのは8bitゲームにも劣る」という意見が出てくるのもわからなくもない。

ただ忘れてもらうと困るのは、ゲーム機自体の表現力が低かった時代にも「見た目(グラフィック)の評価はきちんと存在した」ということ。今の時代から見れば8bit機のゲームなんぞどれを見ても大して差がないように思えるかもしれないが、昔だって今と同じように「グラフィックの優劣」はきちんと評価に含まれていた。

ハードの能力や時流に見合わない残念なグラフィックなら、「見た目がショボイ」とマイナス評価されることはあるにせよ、「想像力がかき立てられる味があるグラフィック」などと高評価されることはまず無い。「想像力がかき立てられる云々」というのは今のゲームから見た懐古的な価値判断からは正当に感じるが、現在進行形で評価される場合は発売ハードや価格、発売年によって「適切」に評価されてしまう。昔のゲームだって今と同じように*2グラフィックにも(その時代としては)十分な手間をかけていたはずで、それを「昔のゲームはグラフィックがショボくても関係なかった」と括ってしまうのは早計にもほどがあるだろう。評価軸を現代に持ってくれば、当然過去のハードで発売されたゲームはほとんど「ショボく」なってしまう。

多くの場合、技術的な制約があったからこそあの様な見た目になっていたに過ぎない。同じ世代のゲームでも、技術的・ハード的に自由度が高かったアーケードゲームは、家庭用ゲーム機に比べて数段上の表示能力や表現力を持っていた。昔だからといって、別に意図的に「ショボく」していたわけじゃないのはいうまでもない。

「綺麗なグラフィック」は売りになるが「ヘボグラフィック」は売りにならない

ゲームのグラフィックは発売ハードや価格で評価軸が決まり、期待値より上ならプラス評価を、下ならマイナス評価をされる。DSソフトでPS3並の3Dグラフィックを期待する人はいないし、逆にXbox 360ならそれなりのハイデフグラフィックを期待するというような形。他にはシンプルシリーズのように価格の低さで期待値を下げられる場合や、勇者のくせになまいきだ。のように「意図的に演出として8bitゲーム時代を再現する」というテクニックで「現代の評価軸にとらわれないようにする」などの方法もある。ただいずれにしても、多くの場合「綺麗なグラフィック」は売りになるが「ヘボいグラフィック」は売りにもならないし、評価もされないというのは事実だろう。*3

昔のゲームのグラフィックがヘボいのは「過去のソフトだから」許されるのであって、現在のソフトの場合は「手抜き」や「作り込み不足」などと評価されるのがオチ。そもそも昔のゲームだってつまらないものはあって、それは(今の評価軸で)「見た目も中身も酷い」という二重苦状態の代物。それを現代のゲームの比較対象として持ってくるのはピントがずれた行為だよなと思ってしまう。*4

*1:まあ携帯(電話)ゲームもあるので一概には言えないが。

*2:あるいは今以上に

*3:グラフィックもそうだが、動きなどの演出方面も評価される。

*4:昔だってつまらんゲームはたくさんあったよ!的な意味で。

タグ:雑感 ゲーム
posted by RPM at 04:08 | TrackBack(0) | BackLink | ゲーム | 更新情報をチェックする

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