2009年09月17日

最近見た素晴らしい「努力」の定義

努力とは何か - 煩悩是道場

を見て思いだしたんだけれども、少し前にはてブで「(個人的には)これで決まりじゃね?」と思う努力の定義を見かけた。

何らかの成果が出た時、その成果を得る為にとった行動が努力として規定される。つまり、「成果が出た」時点から遡って、「努力をした」という過去が形成されるのだ。故に努力は必ず報われる

はてなブックマーク - 「努力報われる」半数に満たず 格差拡大 大学生冷めた見方(産経新聞) - Yahoo!ニュース

ほぼ同じことをいってるもの。

「努力すれば報われる」というのは全くのウソで、実際にはある「成功」が発生した時点からその成功者の過去を遡り、その現象をうまく説明できそうな適当な理由が発見された時、それが「努力」と定義される

Twitter / ls@usada

この定義なら成功しない限り「努力が足りない」といわれ続けるのに矛盾はないし、あるいは成功者へのインタビューなどでたまに見かける「(やっていたことは)全然努力(苦労)だとは思わなかった」という発言が別に謙遜でなくても不思議ではない。つまり元から努力の定義として「大変な思いをする」だとか「いっぱい苦労する」だとか「やりたくもないことをする」だとか「上からの命令にイエスマンになる」だとか「マニュアルを愚直に守る」辺りを持ち出して語るのは完全に的外れで、「成功した者が過去にとった行動が努力」と呼ばれているから「成功した者は全て努力している」という話が出てくるということになる。

良くいわれる「努力の正体が何なのかわからない」というのは、「現在進行形でおこなっている行為は、成功しない限り第三者から努力とは認定されないから」だろう。努力とは元々「後付けで成功原因を説明するためのメソッドだった」というのが個人的なまとめ。



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