2012年04月23日

実名を全力で晒しながらネットで放言を続ける人達

「ネットの匿名発言は無責任なものばかり。実名を公開して発言すれば、発言に責任感が生まれ質が向上し荒れることもなくなるはずだ」という耳にタコができるほど昔から繰り返されてきた言説がある。これは「責任感」という呼び方すると実態がよくわからなくなってしまうが、「リスク」と言い直せばわかりやすい。

要するに実名という個人情報を晒していれば発言が人間そのものに即座に紐付けされるため、オフラインの評判や評価に直結する。それにより“自分自身(の評判)を守る”というインセンティブが強く働くため、リスク回避のために自然と不用意なことをしなくなるはずだ、というのが「名前を晒せ」という意見の意図するところだろう。(もちろん「何かあった時に名前が書いてあれば追い込みやすいから」というのもあるだろうが。)

ところが実際はそう簡単な話になっていない。実名(あるいは職業上の名前)を出していようが、所属を晒していようが、居住地域や経歴すら公開したFacebookと連携していようが、デマや放言を広めることを何ら躊躇せず、平常運転のように平気で繰り返すアカウントがいくらでも観測できる。しかも指摘されて直すどころか良くて無視(Block)、悪ければ罵倒や工作員扱い。しまいには勝利宣言すら繰り出してしまう場合すらあって、これじゃ「匿名の放言と何が違うんだ」という話になってしまう。これは2011年の震災後ならTwitterあたりで誰にでも観測しやすくなったが、以前ならmixiで個人情報を垂れ流したまま暴言や犯罪自慢をするのがよく話題になった。

この「個人情報を晒してリスクを取れ」という意見、多分以下のような場合はまったく効果がないということだろう。

  1. (たとえ一般的に放言と判断されるレベルでも)自分の発言をリスクのある行為だと思っていない。あるいは多少思っていても実害が実質的に存在しない。
  2. 放言やデマを流した方が商売上都合がよい。つまりメリットがデメリットを上回る場合。
  3. 自分の行為は正しいことであり、文句を言ってる奴は馬鹿な低能や工作員なのだと考えている。いわゆる本来の意味での「確信犯」。
  4. 内輪のルールが外部のルールより優先されるクローズドな、あるいは特殊な状況。

またそれとは別の方向で「名前を出しているからこそ間違いを絶対に認め(られ)ない」と思われるような行動も、(上の理由に比べれば少ないが)観測できた。これは企業が不祥事を起こした時に、広報やプレスリリースなどで「我が社は悪くない。むしろ被害者」的なアピールを全力ですることがあるのと似ているかもしれない。企業の場合は訴訟対策もあるのだろうが、個人の場合は「引っ込みがつかない」とか「間違いを認めることで名前に傷がつくことが許せない」という理由の方が強そうな感じではある。

まあいずれにしても「リスクがあるからやらないはずだ」という理屈は「リスクかどうかわからない」とか「そもそも(名前を晒していようが)リスクがない」という人間や、あるいは「俺は真実に目覚めた正義の味方であり、反対する奴らは悪の手先である」と考えるタイプには通用しない。もちろんそれは以前からそうだったと思うが、昨今の「各種ソーシャルサービスで個人情報をバンバン公開しちゃおうZE!!」ブームでより一層明らかになったのかな、と下の記事を見ながらぼんやり思った。

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