2009年06月17日

ゲームソフトのDL専売化はユーザや市場にどんな悪影響を及ぼすか

PSP Goのソフトがダウンロード販売専用と発表されて「これでソフトが安くなる!!」とか「小売店なんて不要だろwwさっさと店じまいしろよwww」という反応が結構あるようなので、反対意見をいくつか。*1

本当に安くなるかはわからない

流通コストや中間マージン、メディアコスト等が減る(ことが見込まれる)のは事実としても、実際にそれが価格にどれほど反映されるかどうかは不明。メディア版とダウンロード版が同時に提供されるなら、恐らく値段の差は明確に付けてくるはずなので「ユーザが支払う値段」に直結するが、最初からダウンロード版しか用意されないなら安くなっているのかどうかをユーザが確かめるすべはない。

メーカとしては減ったコストを単純に「利幅を多く取る」や「開発コストを増やす*2」という方向性に持っていってもいいわけで、価格付けの権利がないユーザが手放しで喜ぶようなメリットではないだろう。

値引きやセールがなくなる

ゲームソフトは娯楽品としては定価が(本などに比べ)比較的高い部類に入るが、実際にみんなが定価で買っていたかといえばそんなことはない。利用する店にもよるが、通販だろうが店頭だろうが大概は数%〜数十%の値引きがおこなわれている。これには以下の二つの理由がある。

価格競争のため

特典などを除けば同じ商品をどこで買っても何の違いもないのがゲームソフトなのだから、競争するとしたら基本的に「価格」しかない。実店舗でもそれなりの競争はあるだろうし、価格の比較が瞬時にできるWebならさらに競争が激しい。買ってもらう確率を上げるには値段を下げるのが一番手っ取り早いので、しょうがなく店は定価から値段を下げてソフトを売っている。

これは視点を少し変えれば「小売店は自分たちの利益を削って客を呼び込んでいる」ということになる。もちろん店としては利幅が大きいに越したことはないが、よそで買われると利益がゼロ*3になるので競争に打ち勝つために値段を下げているだけにすぎない。

販売システムによる在庫のため

ゲームの流通・販売システムには基本的に返品システムが存在しない。*4仕入れ・発注は小売りが自己責任でおこない、ゲームソフトは買取の形で店の在庫となる。つまり売れ筋を読み違えて販売数と仕入れ数がかけ離れてしまうと、あっという間に在庫の山となってしまう。*5メーカとしてはソフトを問屋や流通に卸すまでが仕事なので、店舗で売れ残っても(まったくではないが)そんなに大きな問題はない。要するにメーカが直接的に商売をしているのはユーザではなく、問屋や小売店ということだ。

前述の通り小売りはソフトをメーカに返品できないので、店は商売をするために在庫リスクを承知のうえで半ばバクチのような形で「なるべく売れそうなソフト」を仕入れることになる。しかも、ゲームという商品は一般的な傾向として「発売日直後に販売のピークが存在し、その後は急速に右肩下がりで需要が落ちていく」という特徴がある*6ので、時間が経てば経つほど在庫処理が難しくなっていく。その後に待っているのは、少しでも元を取るために当然赤字覚悟でおこなう恒例の「ワゴンセール」である。

新作はともかく、ユーザがワゴンセールなどで安くソフトを購入できるのは、「小売りや問屋がリスクを負ってるから」に他ならない。メーカはすでにソフトを卸しているので関係ないし、ユーザは(場合によっては)仕入れ値以下でソフトを買えるというメリットを享受してるわけで、このシステムでわりを食ってる比率が大きいのは問屋や小売店といえるだろう。*7

ダウンロード販売は値段を下げる必要はない

ダウンロード販売のみになった場合、商品(データ)の流通は直営ストア→ユーザのみで完結するので、当然小売り間の価格競争は発生しない。在庫という概念も存在しないので、値引きやワゴンセールで売り切る必要もない。要するに値段は価格改定以外では下がりようがないし、実際に下げる必要もない。基本的にゲームは「いつ買っても定価」という存在に変わる。

「(時期を問わず)安い店で注文したり予約する」や「発売から時間が経ったゲームを安く買う」というのは(販売店はともかく)ユーザにそれなりに大きな金銭的メリットを与えていたと思うが、それがなくなるのはデメリットには間違いない。クソゲーや供給過多のゲームを安価で買って楽しむ、ということもできなくなる。

個人が利用できるゲームソフト売買市場の消滅

パッケージがなくなってしまうのだから、(個人間でも)ソフトの売買が当然できなくなる。メーカとしては嬉しいところだろうが、ユーザとしては不要ソフトを売ってお金にすることはできなくなるし、買うときも中古と新品を選んで買うということができなくなる。ユーザは単純に選択肢が狭まるし、中古市場で起こっていた金の流れがごっそりなくなる分、市場の規模は恐らく小さくなるだろう。

販売店がおこなっていた中古売買では確かにメーカには直接的な利益は入っていなかったが、そもそも店は商品がなければ商売ができない関係上、その利益で新品ソフトの仕入れもおこなっていたと考えるのが自然。逆に中古売買の利益があったからこそ、新品の仕入れができていた・増やせていた側面もあったはず。*8この辺りを無視して中古販売のデメリットのみを唱えても、あまり説得力はない。

ブロードバンド環境がなければ買えない

言うまでもないがネット環境がなければ話にならないし、細い回線で買うのも非現実的。まあ現在では問題になる人・家もあまり多くはないかもしれないものの、販売ルートがネット通販のみになるので「買える層(ターゲット層)」も自然と絞られてしまうのは間違いない。

出荷本数ではなく、実売で売り上げが決まるようになる

これはメーカ側のデメリット。

繰り返すがメーカが直接取引をしているのは問屋・流通なので、一度流通に商品を売ってしまえばそこでメーカ側の売り上げは決まる。ソフト自体の出来が残念で実売数が振るわなくても、宣伝や広報に金をかけて発売前に大量に受注できれば(とりあえず短期的には)メーカの目標は達成できる。

実際に実売数と流通数に大きなギャップがあるソフト*9は発売後に急激に値段が下がることがあるが、これはメーカから見れば「実売以上に商品がさばけた状態」を表している。これはネット専売になった場合の「実売=売り上げ」では起こりえない状態である。

中間業者がユーザにとって無駄とは限らない

メーカ直売ではなく流通や小売りを通すということは、当然中間業者・マージンが存在するということになる。これは一見エンドユーザからはただの無駄に見えるが、上記のとおりにメリットになっている点もそれなりに存在する。

ユーザはなるべくクソゲーをつかまないように努力するが、それは小売店もまったく同じだろう。むしろある程度まとまった数を仕入れないと商売にならない分、リスクとしては店側の方がずっと大きい。ユーザとしては近場の店からネット通販まで好きな店を選べるし、店舗間の競争を利用して値引率の高いところで購入したり、店側の予想(発注)ミスを利用して場合によっては仕入れ値よりも安くソフトを購入できたりもする。

ダウンロード販売自体のメリットは当然あるものの、それだけを見て「バラ色の未来が!」と考えるのはちょっと短絡的すぎるんじゃなかろうか。

*1:メリットについては上のリンク先で出尽くしてる感があるので、このエントリでは触れない。

*2:「開発コストを回収しやすくする」と言った方が正しいかもしれないが。

*3:お金をかけて仕入れているのだから、正確にはマイナス。

*4:今は亡きデジキューブでは返品システムが存在した。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%96

*5:ゲーム屋さん的クソゲーオブザここ数年 - http://ameblo.jp/oosakaking/entry-10210129792.html

*6:DSの脳トレやマリオのように例外も存在する。

*7:ただし例外もあって、メーカが損する場合もある。http://blog.goo.ne.jp/enjoythegame/e/ef743b4e511b1cd6929644cd636113f5

*8:前述のとおりメーカは「出荷した時点」で商売が完了するため、中古の市場で回っている商品は一度メーカが出荷して「利益が確定した商品」だけ。

*9:つまり小売店から見れば「予想が外れて売れなかったソフト」

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2009年03月03日

「CCCD・B-CAS=反対なのにマジコン規制=賛成っておかしくね?」

マジコン規制ネタが報道されるとほぼ必ずカウンターとして出てくる「CCCDやB-CASには反対する奴が多いのに、マジコン規制は何で賛成するのよ?」関係の話。上の記事でもそういう反応があったので、一つの考察として。

CCCDとB-CASが嫌われた理由

結論だけ先に書いてしまえば、「今まで出来たことが出来なくなったから」という点が大きい。CCCDもB-CASもノーマルCDやアナログ放送の時は存在しなかった仕組みであり、端的に「不便」になってしまった。

特にB-CASはコピーワンスとセットで「カードを登録して挿さないと見られない」「編集やダビングがまともに出来ない」という状態になってしまった。おまけに地デジ=B-CASというセット状態になっているので、CCCDのように「買わなければいい」という対処もできない*1。アナログ放送は2011年に終わる(ということにとりあえずなってる)ので、TVを見るには否が応でも付き合う必要がある。要は「強制的に乗らざるをえない仕組み」になっている。

それに多数の機器やメディアが売られていることでわかるように、元々「コピー」「ダビング」「編集」などの需要が大きいことも挙げられる。私的複製は本来問題ない行為なのに、それを制限されたという不快感もあるだろう。また、ダビング10の開始前は「ムーブ失敗」→「コンテンツ消失」というありさまも散見され、お世辞にも「優れたシステム」とは言えない状態だった。

この辺りが大きな拒否反応の理由だと思われる。

マジコンの必要性

マジコンは建前上「バックアップツール」ということになっている。ただ現実問題として、普通にゲームをする分にはバックアップの必要性はほとんどない。CD/DVD-Rのように急激な年数劣化が起こるわけでもないし、動画のように編集する機会もない。普通にゲームを楽しむ分には不要な機械だろう。要するに、マジコンが規制されても「普通の人は別に困らない(不便にならない)」という点がB-CASなどとは根本的に違うといえる。*2

通常プロテクトが嫌われる理由には「面倒になる*3」か「正規ユーザなのに動かない*4」などがあるが、現状のマジコン規制はどちらにも当たらない。あくまで「新規購入しにくくなる」というだけなので、一般ユーザに与える影響はほとんどないだろう。

結論

  • 一般ユーザへの影響
    • 自由が規制されるか
    • 面倒になるかならないか
    • そもそも影響を受けるかどうか
  • 制限される機器の必要性
    • B-CASは地デジと必ずセットである
    • マジコンはなくても別に困らない
  • 規制される対象の違い
    • B-CAS=一般視聴者
    • マジコン=販売業者

辺りが「CCCD・B-CASとマジコンで賛成と反対が別れる理由」ではなかろうか。

*1:TV自体を見るのをやめるという手はある。

*2:逆に言えば「普通じゃない人=自作ソフト開発者など」は困るだろうが。

*3:Windows XP以降のアクティベーションなど。

*4:PCゲームの誤爆など。コンシューマではPS1の頃に起こったこともあった。

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2009年02月25日

「昔のゲームは面白さ=価値だった、今のゲームは見た目だけ」論

今でもたまに見かける「昔のゲームは良かったよね、ゲームとしての面白さで勝負してた」とか「またムービーゲーかよwww」とか「綺麗なグラフィックはユーザから想像力(妄想力)を失わせた!原点に戻るべき!!」関係の話。

確かに昔のゲームは見た目がヘボかった。ほとんどはドット絵で、アニメパターンも少なく、色数も少なかったので、今から見れば冗談みたいに簡素なグラフィックだったのは間違いない。*1もちろんそれでもゲームは成り立っていたので、「ゲームにおける見た目は二の次」「グラフィックは綺麗だが中身が糞なのは8bitゲームにも劣る」という意見が出てくるのもわからなくもない。

ただ忘れてもらうと困るのは、ゲーム機自体の表現力が低かった時代にも「見た目(グラフィック)の評価はきちんと存在した」ということ。今の時代から見れば8bit機のゲームなんぞどれを見ても大して差がないように思えるかもしれないが、昔だって今と同じように「グラフィックの優劣」はきちんと評価に含まれていた。

ハードの能力や時流に見合わない残念なグラフィックなら、「見た目がショボイ」とマイナス評価されることはあるにせよ、「想像力がかき立てられる味があるグラフィック」などと高評価されることはまず無い。「想像力がかき立てられる云々」というのは今のゲームから見た懐古的な価値判断からは正当に感じるが、現在進行形で評価される場合は発売ハードや価格、発売年によって「適切」に評価されてしまう。昔のゲームだって今と同じように*2グラフィックにも(その時代としては)十分な手間をかけていたはずで、それを「昔のゲームはグラフィックがショボくても関係なかった」と括ってしまうのは早計にもほどがあるだろう。評価軸を現代に持ってくれば、当然過去のハードで発売されたゲームはほとんど「ショボく」なってしまう。

多くの場合、技術的な制約があったからこそあの様な見た目になっていたに過ぎない。同じ世代のゲームでも、技術的・ハード的に自由度が高かったアーケードゲームは、家庭用ゲーム機に比べて数段上の表示能力や表現力を持っていた。昔だからといって、別に意図的に「ショボく」していたわけじゃないのはいうまでもない。

「綺麗なグラフィック」は売りになるが「ヘボグラフィック」は売りにならない

ゲームのグラフィックは発売ハードや価格で評価軸が決まり、期待値より上ならプラス評価を、下ならマイナス評価をされる。DSソフトでPS3並の3Dグラフィックを期待する人はいないし、逆にXbox 360ならそれなりのハイデフグラフィックを期待するというような形。他にはシンプルシリーズのように価格の低さで期待値を下げられる場合や、勇者のくせになまいきだ。のように「意図的に演出として8bitゲーム時代を再現する」というテクニックで「現代の評価軸にとらわれないようにする」などの方法もある。ただいずれにしても、多くの場合「綺麗なグラフィック」は売りになるが「ヘボいグラフィック」は売りにもならないし、評価もされないというのは事実だろう。*3

昔のゲームのグラフィックがヘボいのは「過去のソフトだから」許されるのであって、現在のソフトの場合は「手抜き」や「作り込み不足」などと評価されるのがオチ。そもそも昔のゲームだってつまらないものはあって、それは(今の評価軸で)「見た目も中身も酷い」という二重苦状態の代物。それを現代のゲームの比較対象として持ってくるのはピントがずれた行為だよなと思ってしまう。*4

*1:まあ携帯(電話)ゲームもあるので一概には言えないが。

*2:あるいは今以上に

*3:グラフィックもそうだが、動きなどの演出方面も評価される。

*4:昔だってつまらんゲームはたくさんあったよ!的な意味で。

タグ:雑感 ゲーム
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